糸源昔話 当店内の”銀杏の大木”にまつわるお話

昔々 当店のあるあたりは ある大きなお寺の跡地でした。
その裏庭には、ひときわ目を引く大きな一本の大銀杏(乳銀杏)の木がそびえ立っていました。
とても古い大木にもかかわらず 毎年毎年 美しい銀杏を実らせ
それはまるで 翌年の「吉兆」を占っているかの様です。
そして 緑鮮やかな葉が生い茂る頃は その形が小娘の様に見えたり
かま首をもたげた大蛇の様にも見えたり… その年毎に表情を変え 実に神秘的です。
そんな 当店の銀杏にまつわるお話です。

昭和二十三 四年頃 当時の当店周辺は今とは異なり 雑草がうっそうと生い茂る野原でした。
この頃といえば 終戦直後の事 世の中は混乱し 暗い話題の多い不安な時代でした。

そんな頃のある日に起こった出来事です。
一人の見知らぬ男の人が 懐に小さな牝犬を抱いて訪ねて来ました。
「この犬をこちらで買ってもらえないでしょうか……」
当店の先代は その犬がちょっと寂しそうですが とても優しそうな目をしておりましたので
「かわいいなぁ」と思い すぐに家に置いて育ててみる事にいたしました。
これが 後に「狸と犬の恋物語」で有名になりました「柴犬のS(エス)」だったのです。
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それから しばらくたったある夏の日 蒸し暑く 寝苦しい真夜中の事でした。
主人が ふと目を覚ましますと 目の前に”ギョロ ギョロ”と二つの光を放つ目玉が
物音も無く部屋の中を歩き回っています。
「ウッ。」と息を殺してジーっと見ておりますと。なんとその生き物は 首の周りに
白い毛を持った 白首輪の狸だったのです。
その時の主人の驚きは もう言うまでもありません。
その夜の出来事があってから やがてその狸は 安心したのか 昼間でも現れて
愛犬「S」と一緒に乳銀杏の根っこで仲良く戯れるほほえましい光景を見馴れるまでになりました。
そんな毎日が続いたのですが 今まで一度も外に出た事の無い柴犬の「S」が
大変不思議な事に 不思議な事に身ごもってしまったのです。
そして 出産。 犬にも見え 狸にも見える 一匹の奇妙な牝”イヌキ”を産んだのです。
一家は揃って それはそれは大切に大切にその”子イヌキ”を育てました。
しかし やがてその甲斐もなく 赤ちゃんは死んでしまい
家族みんなの手で丁寧に葬られる事になってしまいました。
さらに残念な事に その赤ちゃんの後を追う化の様に狸もそして仲の良かった柴犬の「S」も
共にどういう訳か一家の目の前から姿を消してしまいました……

野生の狸と飼い犬が仲むつまじく 暮らし そして 身ごもるという事は大変珍しく
当時は何かと話題になり 多くの人々に知られる事となりました。
乳銀杏にまつわる不思議な出来事は この物語の他にも数々あり
感慨無量で毎日この大木を眺めております。

いまでも私達は 糸源の歴史をやさしく見守ってくれたり
時には厳しく見つめてくれる「主」として この乳銀杏を大切に大切に致しております。
またこの乳銀杏と狸 そして愛犬の「S」にちなみ糸源のシンボルマークに歌にと使用しております。

心のこもった味づくりの糸源を今後ともよろしくお願い申し上げます。

店主敬白

●尚 この乳銀杏は ”味な酒処 ぎんなん”の店内からもご覧いただけます。